2012年5月23日水曜日

記憶に香る、花が咲く。


 なつかしい香りがした。
 自転車で川沿いを走っていると、ふわっ、と花の香りがした。振り返るけれど、暗くなってきた並木道には新緑の葉っぱしか見当たらない。

 何の花だったか。実家の前に並べてあった植木鉢の香り。遅い時間こっそり家に帰ると、通りは気を遣うほど静かで真っ暗で、自転車を家の前にとめるとやけにその香りが鼻についた。おばあちゃんが昔から育てていた。その頃の私は花になんて興味なかったけれど。大人になって、店で働き始めてから覚えた名前。そう、沈丁花(ジンチョウゲ)。


 沈丁花には、雄株と雌株がある。二種揃わなければ種ができない。しかし室町時代、中国から日本に伝わったのは雄株だけだった。種ができないのでこの花は日本に来て以来、ひたすら挿し木によって増やされてきた。挿し木は、元の木から切った一枝をそのまま植えつけて育てていく。子供ではなく、親の木がそのまま増えていく。
 

  「挿し木が作るのはクローンである。受け継がれる形質は、もともとの原木と全く同じになり、幾世紀を経ても香りも花も変化しない」
 
 つまり室町時代の香りが、そのまま現代に伝わっている。室町時代の人は、あるいは明治時代を生きた人々は、この香りに何を想ったのか。


 でもよく考えたら沈丁花は春のまだ寒い時期に咲く花で、五月も半ばの今頃に、咲くことなんてあるのだろうか。別の日同じ場所を走っても、もう花の香りはしなかった。ただ私の記憶に残った香りだったのか。


 
そういうわけで、花について書くことにします。
お時間のある方は、お付き合いくださいませ。


沈丁花(ジンチョウゲ) 英名;winter daphne

花期;2~4月
原産地;中国
花言葉;栄光、不滅

深い緑の葉っぱの先に、白やピンクの花が密集して芳香を放つ。
香木の「沈香」、美しい花をもつ「丁字」から「沈丁花」と名付けられた。


引用・参考文献 『花百物語』 三浦宏之 双葉社