2013年8月6日火曜日

誰かの一行が誰かの一生を変えるかもしれない


 初めてお小遣いを出して本を買ったのは、何も考えていない中学生のときだった。

 ふと本屋に入ると文庫本のフェアーをやっていた。今でも毎年やっている、夏休みになると、文庫本を出版社ごとに小高い山にして積んでいる。いつもの本屋の、入り口に一番近い山は新潮文庫だった。マンガ売り場の二階に上がろうとして、目にとまった黄色いのぼり。「新潮文庫の100冊キャンペーン」。

 黄色い冊子を手にとってみる。それは、結構子供心をくすぐる冊子だった。100個分のマークの枠と、マークの数のだけ豪華になっていく賞品。カバーの裏についている新潮文庫マークを集めていくらしい。当時の100冊目の商品は、「文豪リストウォッチ」だった。読んだら必ずもらえるんだよとパンダがささやく。なんとなく見たことあるおっさんが、クールに頬杖をついている白黒写真に文字盤がはりついていて、なんかもうめちゃくちゃカッコ良かった。それでその日は、マンガじゃなくて「こころ」を買った。慣れない活字を一生懸命読んだ後、角のマークを切り取ってシートに貼るときの、誇らしいこと。中学生の私は本の内容よりも、その感動のために文庫本を買った。でもそのおかげで、お金を出して本を買う習慣が身に付いた。そのおかげで、春樹もホームズも好きになった。

 今年の新潮文庫のキャンペーンは、「ワタシの一行」。著名人やそうでない人の心に残った一行が、キャッチーなイラスト付きで文庫の帯になっている。誰かの人生が変わった文章を、帯にするなんてずるい。今年もどっかの中学生が、きっとその帯に騙されてる。

マンガしか買ったことのないアホな中学生を、文学の世界へ引き込むこと、心に刻まれる一行に出会うこと。「もの」じゃなくて、「習慣」を売るということ。

西村花店は「花」ではなくて、「花を売る習慣」を売る花屋を模索したい。


ワタシの一行
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